画像検査や遺伝子検査で認知症リスクを診断 頭のフレイル予防は40代から

東京ミッドタウンクリニック 総院長 田口淳一医師
フレイルとは、加齢により心身が衰えたものの、早く介入して対策すれば元の健康な状態に戻る可能性がある状態とされます。筋力や体重などの減少を防ぐことに目が行きがちですが、近年注目されていることの一つに、「脳のフレイル」があります。どのような状態を指すのか、またどのような予防法があるのかについて解説します
頭の老化の兆候を早期に捉える
認知症の前段階「頭(脳)のフレイル」とは
頭のフレイル、つまり脳フレイルとは、認知症の前段階のような状態を指します。自然な老化による認知機能の低下は誰にでも起こり得ます。記憶力が低下するのは自然なことであり、それを過度に心配する必要はありません。人間の脳、体重のピークは17歳であり、能力のピークは30歳頃といわれています。その後は徐々に機能が低下していきます。記憶力以外にも集中力や判断力が次第に低下する。それでも日常生活に支障がない範囲で健康な状態を維持できればよいわけです。
一方、認知症を発症すれば、いずれ介護が必要な状態になってしまいますから、その前の段階で兆候を捉えて、発症を遅らせる、あるいは健康な状態に戻すということができれば健全で豊かな老後を送れる人が増えることになります。
最近の論文では、44歳と60歳で急速に顔の表情などの老化が進むという研究結果が出ています。脳の老化も同様に40代からの予防が重要だと思います。
画像診断と血液分析でリスク把握
予防のためには、まずはそのリスクを正確に把握する必要があります。
まず挙げられるのが、脳のMRI画像を用いるものです。東京ミッドタウンクリニックは、株式会社エムという企業と共同で、日本人の年齢平均値で脳の各部位の体積がどれくらいあるかを調べています。脳の体積と機能が直接結びついているかはまだ不明ですが、研究の結果、ごく一部の人(2、3%)で早くに脳の萎縮が進むことが分かりました。
この現象は40歳以降に見られ、個人差はあるものの、体積が大きく減少している人は認知症のリスクが高まるため注意が必要です。これまでは海馬と呼ばれる短期記憶の場所だけで考えられていましたが、脳全体で経過観察する必要があるのではないかという議論も出ています。
2つ目はアルツハイマー型認知症の原因とされるアミロイドβの沈着度合いを調べることです。アミロイドβが脳の神経細胞に蓄積し、さらにタウたんぱく質が蓄積すると、神経細胞が損傷し、認知力が低下します。
アミロイドβの蓄積を遅らせる方法については、治療薬も登場し、さまざまな予防法も見つかっていますので、将来のアルツハイマー型認知症の発症を遅らせる、あるいは予防することもできるようになるでしょう。
アミロイドβの沈着度合いを調べるには、アミロイドPETを用います。アミロイドPETは、アミロイドβと結合しやすいたんぱく質に放射性物質をくっつけた薬剤を体内に注入し、PET(陽電子放出断層撮影)検査装置で画像化するもので、脳のどこにどれくらいのアミロイドβが蓄積しているかを可視化できます。
現在は、アルツハイマー型認知症の前駆症状であるMCI(軽度認知障害)や軽度認知症の進行を遅らせる薬の処方時に、アミロイドPETによる検査が必須になっています。MCIになる前、つまり健常者に使用されたことはありませんので、本当に初期段階で発見できるかどうかは未知数です。
今後アミロイドPETが普及し、アミロイド量について年代別統計がとれれば、早期発見につながる可能性があります。
その他に画像化では、脳の機能を見るfMRI(ファンクショナルMRI)や、アルツハイマー型認知症のもう一つの原因物質であるタウタンパク質の蓄積度合いを見るタウPETも有望視されています。
最近話題になっているのが、アミロイドβの断片を血液サンプルから検出する方法です。血液はいろんな成分が含まれていて従来は血液からアミロイドβのマーカーを検出するのは難しかったのですが、分析技術の進化で捉えられるようになりました。採血データでリスクが高いと分かれば、その後アミロイドPETで詳しく見るといったこともできるようになるでしょう。
また、アメリカでは、AIを用いてMRI画像から特殊な認知症との関係を見て判断するというサービスも始まっています。日本でも近い将来、AI診断は始まるでしょう。人間には見えていないものを見るという点で、AI診断には大きな期待が寄せられています。
アルツハイマー型認知症の遺伝的リスク

発症のスイッチとなるApoE遺伝子
アルツハイマー型認知症の発症には遺伝的要因も大いに関わっています。ApoEという遺伝子の型によって発症リスクは大きく変わるのです。
ApoE遺伝子には主にε(イプシロン)2、ε3、ε4の3種類の型があり、両親から1つずつ受け継いで構成され、「ε2/ε2」、「ε2/ε3」、「ε2/ε4」、「ε3/ε3」、「ε3/ε4」、「ε4/ε4」の6パターンに分類されます。ε2はアミロイドβの凝集を抑え、アルツハイマー病の発症リスクを低下させる一方、ε4を持つ方(ε4キャリア)はリスクが高く、1つ持つと3倍、2つ持つと12倍に発症リスクが高まると言われます。
もっとも、ε4キャリアだからといって全員が発症するわけではなく、生活習慣の改善により発症リスクを低下させ、発症の回避につなげられることもわかってきています。おそらく今後、ApoE遺伝子型は、最も世の中で使われる遺伝子型の検査になるだろうと考えています。

遺伝子検査は十分なフォローとセットで
検査で遺伝的リスクが高いと告げられたら、不安を覚える方も少なくないでしょう。だからこそ、フォローができる体制が大事だと思います。遺伝子検査の結果開示において重要なのは、適切なサポート体制と、検査を受けた人が内容を十分に理解しているかどうかです。例えば我々の施設では、遺伝子型の検査後、少なくとも脳ドックをお受けいただき、フォローできる環境を整えています。しかし、これを市町村の検診に組み込むことは現実的ではありません。遺伝子検査の結果が出たものの、「では、具体的にどうすれば良いのか」という疑問に対して、誰も明確な指示を出せない状況があります。ですので、国としてもサポート体制を整えながら、遺伝子検査が増えてくると良いのかもしれません。
現時点では、私たちのような様々な対応が可能な施設がデータ収集を行い、例えば認知症の薬レカネマブに関する全国集計を実施し、日本人にとっての効果などを明らかにする。このようなデータが集積されることで、どのような場合にどのような対応が適切かが明確になり、より効果的な活用方法が見えてくると思います。
認知症も予防できる病気へ
運動、睡眠、栄養が認知症予防のカギ
現在すでにわかっている予防法もあります。運動、社会的な孤立を防ぐこと、良質な睡眠、バランスの取れた食事。これらを継続することで、アミロイドβの蓄積が妨げられ、アルツハイマー型認知症の予防につながるとされています。
脳も体の一部ですから運動で体を鍛えることは、よい結果につながります。筋トレでもマラソンでも好きなことをするのが一番です。なにより面白いと感じることが継続につながるからです。いま私たちは、元TRFのSAMさんと共同で運動プログラムやダンスプログラムを作ろうと計画しています。
睡眠も大切です。良質な睡眠をとることで、神経細胞からアミロイドβが排出されやすくなります。ただし、寝過ぎはむしろ逆効果。7時間程度がいいでしょう。
サプリメントでは、私たちもプラズマローゲンというサプリメントで、高齢者施設での介入プログラムを実施し、データを公開しています。もっとも、若い世代が何を摂取したらよいかについては、まだ何もわかっていません。これからデータを収集して、どのような介入が効果的かを検証していきます。データが整っていけば、認知症も、がんや糖尿病のように予防できる病気になっていくでしょう。
取材にご協力いただいた先生

一般社団法人脳の健康を守る総合研究所 代表理事
東京ミッドタウンクリニック 総院長
田口淳一(たぐち じゅんいち)医師 先生
1984 年 東京大学医学部卒業1993年ワシントン州立大学へ留学
東京大学医学部附属病院助手、元宮内庁侍従職侍医、東海大学医学部付属八王子病院循環器 内科准教授を経て、2007年 東京ミッドタウンクリニック院長、2010年 東京ミッドタウン先端医療研究所所長、2020年5月 日本橋室町三井タワー ミッドタウンクリニック総院長、2024年5月 東京ミッドタウンクリニック総院長。2024年9月 一般社団法人脳の健康を守る総合研究所 代表理事に就任。
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