2025年02月27日更新

認知症画像診断最前線 アルツハイマー病診断のカギを握るアミロイドPETとは?

国立長寿医療研究センター/ハイメディック名古屋トラストクリニック
伊藤 健吾 先生

近年、アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」「ドナネマブ」が相次いで登場し、アルツハイマー病は、決して医療の手の及ばない病気ではなくなる兆しがあります。これらの治療薬はアルツハイマー病の前段階の症状であるMCI(軽度認知障害)あるいは軽度認知症の段階でその兆候を捉え投与することで、アルツハイマー病の進行を遅らせる効果があります。

その鍵となるのが、アルツハイマー病の原因物質の脳への蓄積を診断する検査技術の進歩です。アミロイドPET、タウPETなどの画像診断や血液バイオマーカー研究の最前線についてご紹介します。

患部の機能を見て正確に診断できるPET

日本でPET検査が初めて保険診療に導入されたのは1996年です。その前から私はPET研究に従事しており、名古屋大学ではPET施設の立ち上げに奔走しました。前年には、国立長寿医療研究センター(旧:国立中部病院長寿医療研究センター)に赴任し、PET施設の責任者として、特に認知症の研究に20年以上携わってきました。

PET(Positron Emission Tomography 陽電子放出断層撮影)は、放射能を含む薬剤を用いる核医学検査の一種です。放射性薬剤を体内に投与し、その分布を特殊なカメラでとらえて画像化します。投与する薬剤でもっとも一般的なのはFDG(フルオロデオキシグルコース)という放射性薬剤で、ブドウ糖の一種をF-18という放射性同位元素と結合させたものです。ブドウ糖は脳のように活発に活動しているところに集まり、高い集積の部位として画像化されます。臓器の形態を見るMRIやCTに対して、PETは機能しているかどうかを見ることができます。かたちだけで判断ができないときに、機能を見ることで診断の精度を上げることができるのです。

このFDG-PETは認知症の診断にも有効です。認知症の疑いのある患者さんは、まずMRI検査を実施します。MRI検査で側頭葉内側の萎縮が他部位の萎縮に比べて目立つようであれば、認知症を疑います。認知症にはアルツハイマー病のほか、前頭側頭型認知症(FTD)、レビー小体型認知症などさまざまな病気があり、そこでPET診断が選択肢にのぼります。もっとも、FDG-PETは現在でも保険適用外で、自由診療あるいは研究としてしか実施できません。代わりに行われるのが、脳血流SPECTという検査です。

脳血流SPECTもFDG-PETと同じく放射性物質を使う検査ですが、FDG-PETに比べると感度、精度でやや劣ります。それでも、アルツハイマー病に特異的な症状を見つけることはできますが、やはり確度は落ちます。PETであれば微妙でわずかな変化を捉えることができます。初期の認知症でも、活動が低下しているところがくっきりと見えるのです。

アメリカではかなり前に保険診療として認められたのですが、日本ではまだ未承認です。2015年ごろから先進医療Bとして臨床データの収集が進められ、現在は、PMDA(医薬品医療機器総合機構)と放射性医薬品を開発している企業が折衝している段階です。

治療薬発売で注目度が増すアミロイドPET

認知症に対するPET検査としては、限定的ではありますが、アミロイドPETが先に承認されました。アミロイドPETは、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβというタンパク質がどれくらい脳内に凝集しているかを見るものです。アミロイドβに結合する性質をもつ薬剤を用います。

かねてから、脳血流SPECTやFDG-PETではアルツハイマー病と判定されたものの、脳内にアミロイドβがたまっておらず、最終的にアルツハイマー病ではないと診断されるケースや、逆にアルツハイマー病ではないと思われていたのに、アミロイドβが見つかって、アルツハイマー病とわかるケースがあります。認知症の種類により治療法はそれぞれ違うため、最終的には診断が確定できなければいけません。そこで、アミロイドPETが使われているのです。近年保険承認された認知症治療薬「レカネマブ」は、アミロイドβを除去し、認知症の進行を遅らせる効果があります。この治療薬を使用するには、アミロイドPETが陽性である必要があり、現在は、この目的に限ってアミロイドPET検査が保険診療として認められています。

PETをはじめとする画像診断技術の進化で、アルツハイマー病がどのように進行していくのかがかなり明らかになってきました。症状のない時期(プレクリニカル期)から軽度認知障害(MCI)、そして臨床的なアルツハイマー病へと、長い時間をかけて連続的に進行していきますが、自覚症状がなくても始まりが捉えることができるようになってきています。

アミロイドβは15~20年をかけて脳内に蓄積していくため、その初期で捉えることができれば、今後、早期治療、発症予防につながることが期待できます。

アルツハイマー病治療薬の開発は長年困難を極め、「難攻不落のアルツハイマー」と言われてきましたが、ここまでの進歩は、画像診断やその他のバイオマーカー(※)の進歩が大きく寄与していると思います。こうした進化を背景に、症状のない段階で治療薬を投与するという臨床試験も実際に行われています。結果が出るまで10年あるいはそれ以上かかるかもしれませんが、しっかりとした結果が出てくれば、症状がない段階でも先制医療として治療介入ができ、アルツハイマー病の発症を抑えることで社会的な負担を軽減できるのではないかと思います。

※バイオマーカーとは、病気の進行や薬剤の効果など、生体内の生物学的変化を定量的に把握するための指標となる物質。血液や尿に含まれるたんぱく質などが用いられる。

タウPETの研究も進んでいる

アルツハイマー病の原因物質と考えられているものとしては、アミロイドβのほかにもうひとつ、タウタンパク質があります。タウタンパク質を捉えるタウPETはアミロイドPETに比べると遅れていますが、ここ数年、研究は非常に進んでいます。

アルツハイマー病は、アミロイドβとタウと呼ばれる2つのタンパク質のゴミが脳の中にたまることにより、神経細胞が傷害されることで発症すると考えられています。脳内にアミロイドβが蓄積すると、数年遅れでタウが蓄積していきます。実際の認知機能低下との関連は、アミロイドよりもタウの方がより強いことが分かってきています。それを利用して、アミロイドPETだけでなく、タウPETの所見も合わせて、軽度認知障害や軽症のアルツハイマー病の患者を層別化することによって、より適切な選択ができるようになってきています。

アメリカイーライリリー社の開発した認知症治療薬ドナネマブの投与による認知機能や日常生活機能への影響を調べた臨床試験では、タウの蓄積量が比較的少ないグループとタウ蓄積量が多いグループ、つまり病気が進んでいるグループに分けて試験をしました。その結果、タウの蓄積量が少ないグループのほうが、臨床症状の悪化をより効果的に抑えられる可能性が示されました。

一口にタウと言っても、いくつかの種類があります。アルツハイマー病で蓄積するタウと、そうでない場合に蓄積するタウなど、いくつかの種類があり、タウのPET画像は使用する薬によって意味するところがかなり違います。純粋にアルツハイマー病に関連するタウだけを見たい場合はこの薬が良い、あるいは同じタウの蓄積であってもアルツハイマー病ではないものを見たい場合はこの薬が良いといったものがあり、その点がアミロイドPETのように単純ではなく、臨床に導入していく際に議論があるところです。

血液バイオマーカーと組み合わせより適確な診断を

画像検査に加えて、血液バイオマーカーの研究も進んでいます。PET検査はどうしても高額になるため、血液バイオマーカーの実用化が望まれます。かつてはアミロイドの断片を探すというものだけでしたが、タウ関連や神経炎症関連などさまざまなバイオマーカーが使えるようになってきており、総合的な評価が可能になっています。

血液バイオマーカー普及で期待されること

  • 認知症発症前に、超早期で兆候を捉えることができるようになる。
  • 画像診断に比べて、安全・簡便に大規模な検査が可能になる。
  • 認知症治療薬の開発における治験候補者の選定において、検査コスト低減し、効率を高める。
  • 複数のマーカーを用いることで、総合的な認知症リスク予測、進行予測、タイプ推定が可能になる。

血液バイオマーカーによる統合的層別化システム(BATON研究(※))

国立長寿医療研究センターHPより一部改変し転載

※BATON研究とは国立長寿医療研究センター・認知症先進医療開発センター・バイオマーカー開発研究部の中村昭範部長が中心となって進めている認知症バイオマーカーの総合的研究開発プロジェクトです。

もっとも、プレクリニカル、つまり症状がない時点で血液バイオマーカーを測定し、アミロイドβが陽性だという結果が出たとしても、その後進行しない場合もあるため、不安を与えるだけになってしまう恐れもあります。血液マーカーでスクリーニングしたのち、PETなどの画像診断と組み合わせ、適確な診断につなげることが大切といえるでしょう。

取材にご協力いただいた先生
国立長寿医療研究センター/ハイメディック名古屋トラストクリニック
伊藤健吾(いとう けんご)先生 先生
国立長寿医療研究センター病院放射線診療部長、認知症先進医療開発センター脳機能画像診断開発部長、同センター長、治験・臨床研究推進センター長を務めた。
専門は認知症の画像診断。SPECT、PET、MRI、MEGなどを用いた脳形態および機能の総合的評価に関する研究を行う。
アルツハイマー病の早期診断に関する多施設共同研究(J-COSMIC研究、SEAD-JAPAN研究、J-ADNI研究、AMEDプレクリニカルAD研究など)に参加。画像や血液バイオマーカーを用いた早期診断法の開発、認知症領域の臨床研究の推進に取り組む。国立長寿医療研究センターにおける認知症の診断、とくに画像診断の研究開発分野において重要な役割を果たしてきた。最近は、認知症検診の立ち上げにも精力的に取り組んでいる。

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。

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